私が四歳の頃、島根県の益田という町に数ヶ月住んだ事があった。
当時の益田という町は、一本の道路の周囲に家並みが続く昔の宿場町のような感じの町だったと記憶している。
その道路に面した家の二階の六畳間に間借りをして住んでいた。
季節は夏だった。
その家の一階は青果店で、当時は珍しかった電気冷蔵庫の中に冷えたスイカを1/8に切ったものが置いてあって、一切れ20円で売っていた。
それを時々ねだって買ってもらうのが本当に楽しみだった。
ある日、私が二階の窓から外の風景をぼんやりと眺めていると、階下の方から悲鳴が聞こえた。
私には二つほど年の離れた弟がいた。その弟が便所に落ちたといって母が悲鳴を上げていたのだ。
当時の事なので、水洗便所では無く、便壺の上に板を渡しただけの汲み取り式だった。
弟は、青果店の男性に助け上げられたようだ。
私がおそるおそる一階の風呂場をのぞくと、糞まみれになった弟を母が水で洗っていた。
その後、数日間かけて弟から臭いが消えていった。
私はその後長く、便所の暗がりの恐怖と共に転落の不安にさいなまれる事になった。