私が五歳の頃、当時の田舎としては珍しく、近所のおじさんがオート三輪を手に入れた。
その頃は、田舎で自動車を見かける事は稀で、信号機に至っては岡山県内に1ヶ所だけあったという噂だった。
ある雨上がりの日だった。
おじさんが車に乗ってみるかと言うので、物珍しらしさもあったのか、私は車に乗せてもらう事になった。
そのオート三輪はハンドルは文字通りの棒ハンドルで、現在ではなじみの丸ハンドルでは無かった。
座席は大人二-三人が座れるように出来ていたけれど、もちろんシートベルトなどという物は無かった。
しかし、変わっていたのはそれだけでは無かった。
何よりも変わっていた事は助手席側の車のドアが無かったのだ。
そして助手席側の足下の床に直径50cm程の大穴が開いていて下の道路が丸見えだったのだ。
さて、こういう状態で雨上がりの田舎道をドライブが始まった。
私はすぐに恐怖に体がひきつった。
道路の水溜まりを避けようと運転手が車のハンドルを左右へきる毎に私の体は車外に放り出されそうになった。
なにしろ何も掴む物が無いので、座席に両手をついて踏ん張るしか無かっのだ。
足を床について踏ん張ろうにも、足は床に届かなかったし、仮に届いたにしても床には大きな穴があったので、踏ん張る事はできなかったのだ。
そして運悪く車の前輪が道路の水溜まりを踏みつけると、床の大穴から大量の水しぶきが助手席の私の足を襲った。
ほんの5分間か10分間のドライブだったのだが、車の怖さが身にしみた出来事だった。
その3年後、小学校の同級生が原付自動二輪のカブを運転して得意そうな顔をしているのを見かけても羨ましいなどとは思わなかった。
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