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2010年12月24日金曜日

洋楽

1966年。
当時小学生だった僕は女生徒が「ビートルズ」にキャーキャーを嬌声を上げているのを聴いて何がそんなに面白いのだろうと思っていました。
音楽と云えば、学校で教えていた文部省唱歌、民謡、はたまた演歌ともワークソングともつかない曲しか聞いた事が無かったのです。

1969年。
その頃からラジオの深夜放送を聞くのが流行し始めました。そんなに面白いものなのかと不思議に思いながら深夜放送番組を探してみました。文字通り探したのです。
今で云う「パーソナリティ」が登場するラジオ番組は、大阪の朝日放送(ABC)や毎日放送(MBS)でしたが、受信状態が悪く、聞く事は不可能でした。そこで、屋根の上に長いアンテナを引っ張ったのです。長いと云っても十数メートル程度で、短波帯域で使うしろものでしたが、実用にはそれで充分でした。深夜になって、ラジオから流れてきた音楽を聞いて、僕は肝をつぶしてしまいました。それはレターメンの「涙のくちづけ」でした。歌詞の意味は半分も分からなかったけれど、甘いハーモニーは一瞬で僕を魅了してしまいました。翌日はダイナミックに躍動するトム・ジョーンズの「ラブ・ミー・トゥナイト」に、、、。こんな音楽があったんだ。

それでも、ビートルズがいいなぁ、と感じるまでには、さらに3年の月日を要しました。

昨今ではインターネットでラジオの配信も手軽に聞けるようになりました。MacKHTV というファイルは MacKeyHoleTVというラジオ(や配信中のTV番組)聴取用ソフトウェアです。これを使うと、大きなアンテナを使わなくてもABC,MBSを聞くことができます。

2010年12月20日月曜日

年末のお買い物

岡山県の東の端っこにある日生まで出かけてみました。

前回ここへ来たのは、20年前の秋。ミカン狩りに、日生沖の島まで、日生港から船に乗りました。
その前は25年前の夏、赤穂から赤穂線に乗って東岡山駅までの仕事帰りの途中に立ち寄りました。
まあ、そんな感じで、近年は行く事は少なくなっていました。
でも30年以上前なら、年末になると毎年、否、年に何度も、カキやシャコを買いに来ていました。

当時は、日生駅から港の方を向いて右側の漁協で朝市が開かれており、車を路上駐車したままで、買い物をしていました。しかし、現在では日生港の左側の道を日生湾に沿って南へ行くと五味の市という広い駐車場付きの朝市が出来ていました。

この辺りは昔は海だったような気がします。小さな山があってその周囲を海沿いにぐるりと回るような細い道があって、道沿いに沢山のカキ殻の山ができていたような。

これ、五味の市の建物なんですが、手前にノボリがあって、よく見ると「いきなり団子」って書いてあります。
「いきなり団子」とはテレビアニメのケロロ軍曹で出てくる想像上の団子名だと思っていました。団子ではなくて名物という牡蠣入りお好み焼き、通称カキオコを食べました。うまかった。

帰り道に山陽町の生本酒造、ではなくて赤磐酒造へ寄ってみました。
昔から洋酒は各種の物を飲みましたが、日本酒はあまり好きになれませんでした。それには幾つかの理由があったのですが、今ではその理由も忘れてしまいました。

吟醸酒を探していたのですが「どぶろく」があったんた。
ここを最初に通って以来39年ぶりになりますか。
なんだかとても高い土壁に囲まれた屋敷だったように思ってましたけれど、、、記憶なんて当てになりません。

ここで炭酸入りと炭酸抜きのどぶろくを各1本と、ゆず入りリキュール酒を買いました。
どぶろくは、牡蠣焼きにとてもよく合いますね。

2010年11月30日火曜日

飼い犬

来年の春になれば16才になるかもしらんと思っていましたけれど、わが家の飼い犬が今朝、冷たくなっていました。昨夜から急に食べるのを嫌がるようになったので、長くはもたないだろうと思っていましたが、突然でした。
合掌。

2010年11月27日土曜日

Kokonoe suspension bridge (九重夢大吊橋) in Ohita

This bridge was build in 2006, not for practical use, but for sightseeing; looking around beautiful mountains, waterfalls nearby, especially colored leaves in autumn.

これは南側からの眺めです。周囲の山の木々は紅葉初めの頃でした。橋の上から周囲の景色を眺め、遥か深い谷底を見ようと、頭を巡らした時でした。なんだか奇妙な目眩がしてきました。目を戻して橋の上を見るようにしていると、この目眩は消失しました。それ以後、周囲の山の紅葉を見ようとすると目眩がするようになりました。無理して紅葉を見ていると、少しだけど、息が苦しくなってくる。どうやら私は高い場所が苦手なようだと気がついた時には、橋の中程まで来た頃でした。


こちらは北側からの眺めです。北側にも入場口があります。その門を外に出なければ、戻りの料金は別途発生しません。しっかり休憩をとって呼吸を整えてから、橋の上を復路につきます。


橋の途中の眺めです。橋の先を見るようにしていれば目眩はしません。それでは奇麗な風景を見る事ができません。それに、対向してくる人を避けるには橋の端に寄らないとなりません。橋を渡り終えた時には、膝がガクガクでした。

2010年11月24日水曜日

閑谷学校

In late autumn, the cold has come with strong wind from Northern China. Leaves of maple and ginkgo tree turned its color to red and yellow in each. Maybe, to be feeble and faint sunlight day by day makes me hurry to go to Shizutani School, where is famous of autumn colored leaves.

It was in summer about 40 years ago that I had come to be here in Shizutani School for the first time. Getting off railway station at Yoshinaga, we began to walk toward Shizutani School on the bumpy uphill road. It was a hot summer day. I had to carry a heavy knapsack on my back for about 3 miles. Drops of sweat had been falling down from my forehead continuously. When I found a tunnel in my way, it was a great relief.

This picture shows the tunnel.


Passing through the tunnel, there is full of autumn leaves and you would know the arrival to Shizutani School, surrounded with stone wall.


Walking down along the stone wall, you could find the main gate, which is not allowed to pass, probably due to collect entrance fee. There sites a entrance gate to the right side.


In front of the main gate, it was held an autumn festival and dancers were spinning with fluttering their hands in korean traditional clothes (probably) on the grass. There is a car parking beyond them.

We came here for camping 40 years ago, and had spent a night just beyond the grass. It reminds me of the magnificent campfire and delicious curry with rice even now.


Just before nightfall, we had been down by the moutain stream nearby. Water was trickling over the rocks and falling down to a shallow pool. We washed rices, onions, carrots and so on for supper.

Walking up along the moutain stream for about 1500ft., there is a cabin, called Kouyoutei; for tea ceremony within maple trees of yellow-colored leaves; that is surrounded with full of autumn leaves.


帰り道、一陣の風が吹き抜けると、黄色く色づいた木々の葉は空高く舞い上がり、さながら黄色の雪が舞っているよう。足元では落葉した赤い葉が川の流れのように動いていました。


より大きな地図で Shizutani School を表示

2010年11月21日日曜日

AppleMacSoft DRM Converter

software name: AppleMacSoft DRM Converter
software version: 3.6.0 on Mac OSX 10.6.4
estimation: useless

経過:このソフトは登録作業を終了後、始めて使用可能になる。しかし登録作業が不可能状態に陥った。ソフト制作者の名前など表示されないが、どうも中国の人のようだ。サポートとメールのやり取りを3回で、登録作業が不可能状態の原因判明。

このソフトのアクティベーション(登録)とは、マシンの光デバイス名を取得してシリアル番号といっしょに某所に書き残している。従って、(未確認)光デバイスを物理的に交換した場合や、外部光ドライブを使おうとした場合にひょっとすると再アクティベーションが必要になるかもしれない。とはいえ、その先が使えないので、どのような心配も必要ないのだが。

ソフトの使用には CD-RW が必要とある。だから、 CD-RW をソフトの指示通りにドライブに挿入。
CD-RW の内容が消去され、iTune が起動され、DRM づいた曲を検索後、その数を報告するようになっている。しかし、どう見ても、その数が0になっている。
そこで作業が終わればいいのだか、このソフトは永遠に CD-RW の消去を繰り返すのみだ。

まあ率直に云って、そんなアホな事をしているくらいなら、DRMづいた曲を手作業でAIFFで CD-RW に書き出してやればいいのだ。

この製品のまともな評価を聞いた記憶が無いので、注意を喚起するために。

2010年11月11日木曜日

Usuki dreaming, stone Buddhas in Usuki, Ohita Pref. (臼杵幻想)

It has been my desire for over 30 years to be here in Usuki and see the stone statues of Buddha, his dependents. Many wishes, desires have gone away among my hands for long time. So many visions vanished into dust. Nothing was left to be certain.

After I passed through the strong wind from seashore, I found an guide post that leads me to the destination.

Walking up along the path spreading around the stone statues, I felt a strange shadow approaching me. It was a vague, sparkling image in the shimmer under autumn leaves.

The shadow gradually transformed into a certain shape. That was a little girl, stretching her hand for me. She smiled and took my hand and walked on with me. It was just a daydream, but I had a queer sensation that I met her somewhere, sometime in times past.

She began to walk fast, suddenly stopped and pointed a wooden explanation plate with her fine finger. Then she stepped foward to one of the stone statue in front of me, and disappeared into the stone. I could not take my eyes off the place where she vanished.

The statue was carved out of a part of the cliff, and was considered to be build in the 12th century. Eight hundreds years is almost same meaning as eternity, compared to my lifetime. Suddenly, A voice explaining stone Buddhas could be heard from down the path.


案内の人が説明しています。「ホキ」というのは崖という意味だって。十王の石仏を見るのは初めてだった。

思い起こせば耶馬で石仏を見た頃はすでに、遥かな時間の彼方に去ってしまった。でも、臼杵の石仏達の時間は刻まれてからおよそ八百年ばかり。

首が落ちていた石仏も修復されて、今もしっかりと時間を刻んでいます。

北への帰り道、やっぱり南の方から呼んでいるような気がしました。でも、それはまた今度の為にとっておくことにしました。

2010年11月3日水曜日

釣果記録2010-11-03

釣果記録2010-11-03
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11月3日 水曜日

中潮
場所 王子ガ岳の海岸
時間 早朝

昨年、同じ時期にカレイが釣れたので、出かけてみましたが、さっぱり釣りになりませんでした。

2010年10月17日日曜日

釣果記録2010-10-17

釣果記録2010-10-17
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10月16日 土曜日

小潮 干潮11:12(84), 満潮18:41(228)
場所 大室港の旧波止(下津井)
時間 15:00 -- 18:00

ウキサビキにてアジを狙う。時々アイゴやフグも釣れるが、おおむね、12cm 前後の豆アジが約30匹程、釣れた。

10月17日 日曜日

長潮 干潮01:34(115), 満潮06:41(168)
場所 昨日と同じ
時間 5:30 -- 9:00

暗い時間帯はアジは釣れないだろうと、持参のエギを使ってみる事にした。オレンジエギ2.5号を真っ暗な中で海の中に流していると、すぐにアタリがあってコロッケサイズのアオリイカが釣れた。
それにしても小さい。20分間で5匹のイカを釣り上げた後、アタリは遠のいた。それにしても、今年はエギを持った釣り人がやけに多い。昨年の倍くらいの人出はあるのではないかな。

ウキサビキを開始。昨日よりも小さめのアジが10数匹釣れた後、さっぱり釣れなくなった。長潮で、引き潮のせいかも。

2010年10月15日金曜日

釣果記録2010-10-14

釣果記録2010-10-14
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10月14日 木曜日

小潮
場所 大室港の旧波止(下津井)
時間 15:30 -- 18:00

久しぶりに、フカセ釣りでチヌを狙わんと出撃。ウキは玉ウキ4Bとしたものの、海面はエサ取りがいっぱい。
ガン玉を打ってみたものの、あっという間にエサ取りに付け餌を取られてしまう。
オキアミのナマしか用意して来なかったのが失敗だった。せめてボイルが必要だった。

この時期、チヌ釣りはフカセ釣りではなくて、団子釣りが正解なのでしょうね。

日が傾きかける頃になって、こうなりゃエサ取りを取ってやろうと、サビキ仕掛けに切り替えた。
浮きサビキを投げてすぐに当たりがあった。17cm程のアジで、結構、引きも強い。
こりゃ、サビキの方がよほど面白い。
とはいえ、フグとアイゴもやはり釣れてしまう。
でも、すぐに辺りが暗くなって来て、アジが釣れなくなってしまった。結局、15cmを中心にアジ10匹。

アジは南蛮漬けにしてみますかね。

2010年10月12日火曜日

釣果記録2010-10-10

釣果記録2010-10-10
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10月10日 日曜日

中潮
場所 鳥取県境港の「夢みなと公園」
時間 3:30 -- 9:00

連休なので人出は多かろうと思っていましたが、目的地手前の蒜山辺りから、土砂降りの雨になってしまいました。
しかし、幸いな事に、目的地到着五分前になると雨がやんでいました。ひょっとすると、いい場所取りができるかもしれないと思っていました。
でもそんな期待は甘かった。辛うじて、なんとか釣りができる場所を確保できました。

夜明けまで、サビキをしていましたが、やはり明かりがないとさっぱり釣れません。
夜明けとともに、サワラ狙いでジグを投げてみましたけれど、雨上がりのせいもあるのか、さっぱりです。周囲十人程のルアーマンで二人程、釣り上げている人がいただけでした。
その頃から、サビキに豆アジが釣れ始め、最終的に50匹程の釣果でした。そうそう、小さめのヒラメが1匹釣れました。

2010年10月8日金曜日

釣果記録2010-10-7

釣果記録2010-10-7
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10月7日 木曜日

大潮
場所 新田井港の波止(宇野)
時間 14:00 -- 17:00

昨年までは、この季節にはアオリイカを追っていたのですが、その小ささゆえに今年はどうも気が乗りません。

と云うことで、サビキでフグとアイゴの入れ食いでした。
合計40匹ばかり。まさにキャッチ&リリースでした。

日中はイカいません。イカ墨見当たりません。

2010年9月25日土曜日

赤フンドシの人

少し昔の頃。

その老人は決まって冬の木枯らしが吹きすさぶ、小雪まじりの日に決まって現れた。
年の頃なら恐らく70歳は超えていただろう。
伸び放題に伸びた頭髪と顎髭はちょっとした貫録を老人に与えていた。
うっすらと肋骨の筋が胸に浮き出た体は、肥満とは縁遠く、鍛え上げられた様子を窺わせる体躯だった。
どうしてそのような肋骨の様子が分かったのかと云えば、その老人の姿がちょっと変わっていたからだ。

どのように変わっていたのかと云うと、老人は赤フンドシ一枚を下半身に身に付けている以外に体を覆うものを何も着ていなかったのだ。
帽子もかぶっていなければ靴もはいていなかった。そして片手で赤い旗指しものを持っていた。その赤い旗には黒々とした大きな文字で
「健康のために笑いませう」
と記されていた。

そんな老人が街角に立って、大きな声を張り上げて「皆さん。健康のために笑いませう。ワッハッハッー。」と云うのだ。
もちろん拡声器など使ってはいない。
傍らを通り過ぎて行く人々は、チラリと奇異のまなざしで老人を眺めるだけで、すぐに視線を老人から避けるようにして、いつでも足早に駆け抜けてゆくだけだった。

ひとしきり、辻で大声を張り上げた後、老人は別の辻まで行って同じことを繰り返すのだった。

精神の病を病んでいるのだろう、と想像するのは簡単かもしれない。でも、僕には老人がそんな風にな人には見えなかった。
だから、ある日の事、意を決して、老人に話しかけてみた。
「どうしてこんな事をしているのですか? それに裸になるのなら、夏だけでいいのに、わざわざ寒い冬だけに、こんな事をしているのは?」
老人は嗄れた声で答えた。
「そりゃ、すべては健康のためだ。最近、街に笑い声が聞こえんようになってしもーたようでな。それに笑って生活していればいろいろ良い事があるんじゃ。ワッハッハッー。どうじゃ、お前さんも、ここで一緒に笑わんかの?」
僕は答えた。
「うーん。赤フンドシを着用するのは少し抵抗があるなぁ。でも笑うってのはいい事ですね。」
「ワシはな、笑い声こそが人の和を作るものだと信じておるのよ。」と答えた老人の声の迫力に今更ながら僕は内心驚いた。
「そういう事が確信できるようになったら、お供させていただきましょうかね。」を僕は冗談めかして云った。
「おおっ、待っとるよ。」そう老人は云ってから、その場を立ち去っていった。

老人の後ろ姿を見送りながら、信じる事なら何だってやれるんだ、ぼんやりと、そう思ってた。

その後も街角で、老人の裸の姿を見かける事があった。

ある年の春、道の向こうから身綺麗な紺色のスーツを身に着けた老人と行き違った。
老人は縁のある帽子を目深にかぶっていたので、僕からは老人の顔がみえなかったのだ。
「ひょっとすると、お前さん、この前の人じゃないかね?」老人にそう呼び止められて僕が振り向くと
「やっぱり、そうだ。二年前だったかな、この前話をしたのは?」そう云われた僕は
「確かそうですよ。それにしてもお元気そうで何よりです。赤フンドシ以外の姿を拝見するのは初めてなので、誰だかまったく分かりませんでしたよ。これからどちらへ?」
「ちょっと戦友会の集まりでな。そこで、例の『笑いの健康』をするのさ。ワッハッハッー。」そう云いながら、老人は去っていった。

その後もちょっとした事があったのだが、それは別の話。

日本の指導者に、赤フンドシで辻立ちをしてでも、信じる事を訴える胆力がおありかどうか???

2010年9月20日月曜日

釣果記録2010-09-20

釣果記録2010-09-20
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9月20日 月曜日

中潮 干潮03:50/103cm, 満潮:09:16/206cm
場所 田の浦港の波止(下津井)
時間 05:00 -- 07*30

サビキで何か釣れないかと試してみましたけれど、何も釣れません。
隣の人が小さなイカを釣り上げたので、イカ釣りもしてみましたが、、、。
何も釣れません。

海面近くをたくさんのサヨリが泳いでいました。

2010年8月27日金曜日

Paragon NTFS for Mac OSX 二回ものオチ

Paragon NTFS for Mac OSX

というソフトウェアは基本的にインテルマックを使っている人向けの製品です。
この製品 NTFS for Mac OSX を ver. 6 の初期に購入した事がありました。

●Intel - iMac 上のBootCampを使ってインストールしているWindows XpパーティションのNTFSハードドライブ領域にアクセスしたかったのでした。当時は OSX 10.5 でしたが、基本的に OSX では Windows のファイルフォーマットは FAT32 については読み書き可能、NTFSについては読みは可能でも書き込みが不可能なのです。それゆえ Paragon NTFS for Mac OSX とは NTFS 領域へ書き込みを可能にする製品のようでした。

●ところがその目論見は裏切られてしまいました。for Mac OSX ver. 6 の初期バージョンをインストールしてみると NTFS 領域へ書き込み以前の問題として Windows Xp が起動不能になってしまいました。どういう意味かと申しますと、Mac上のシステム環境設定から次に起動する時に Windows を指定するはずですが、そこに Windows をインストールしたハードドライブのアイコンが出てこなかったのです。 その頃は Mac で Windows といえば公式には BootCamp だけのはずでしたから、Paragon が作った製品はまったく試験をしていない粗悪品だと思いました。

●今にして思えば、その製品はMac はマックでも Windows 上で Darwin を動作させて Mac OSX をいじっているハッカー御用達のソフトウェアーだったようで、それゆえにこそ BootCampを使ってインストールしているWindows Xp の事は眼中になかったのでしょう。しかし、当時はまったく意味を為さない製品に怒り心頭でした。

●その後一年程して NTFS for Mac OSX ver. 6 の最終バージョンがウェブサイトにあるのを見つけて説明を読んでみたら、BootCampを使ってインストールしているWindows Xp の起動ができるように別に専用起動ボタンを作成しました、とありました。確かにシステム環境設定のちょっと分かりにくい場所にそのボタンはありました。でも、嘗て煮え湯を飲まされた経験からそうそう簡単には信用できませんでしたからダウンロードしたまま使わないままでいました。

●その後 NTFS for Mac OSX ver. 6 の時代は終わり、いつの間にか ver. 7の時代になっていました。ソフトウェアのアップグレードで安く購入できると思って調べてみたら、特定の時期に ver. 6 を購入した人だけが対象で、私の場合は対象外だった。まるで M$のような因業商売をするなぁ。

● ver. 7 は購入しないまま、つい先日 MAC OSX 10.6 上で NTFS エリアにアクセスしてみたくなって NTFS for Mac OSX ver. 6 の最終バージョン をインストールしてみました。すると NTFS エリアにアクセス以前に Windows をインストールしているハードドライブのアイコンが OSX のデスクトップに表示されなくなりました。これでは NTFS に書き込みどころか読み出しさえも不可能です。

●以前の不具合では NTFS for Mac OSX はうまくアンインストールできました。しかし、今回の不具合ではアンインストールが出来ません。アンインストール・アイコンをダブルクリックすると「NTFS for Mac OSX がインストールされていないからアンインストールできない」というメッセージが表示されるだけです。MAC OSX 10.6 に NTFS for Mac OSX ver. 6 をインストールした所為でしょうけれど、他にアンインストールの方法を説明していてもいいのに。Apple IIの時代のようなEXECファイル形式で実行文が記述されていないだろうかと「Contents」以下のフォルダを調べてみても無駄でした。

●もう最終手段しかありません。サイトを調べてみると NTFS for Mac OSX ver. 8 が発売されていました。泣く泣くそれを購入しインストールする事によってやっと、Windows をインストールしているハードドライブのアイコンが OSX のデスクトップに復活しました。それにしても、こんな悪魔的な製品を作った人の商売心には言葉もありませんでした。

●NTFS for Mac OSX ver. 8 には「おまけ」がついていました。それは、マック側では無く、Windows 側にインストールするソフトウェアです。
これを使うと、Windows 側からマックの使うハードドライブが見えるという代物です。64ビット対応らしい物を Windows 7(64)にインストールしてみました。すると何ときちんとマックの使うハードドライブが見えます。ハードドライブのアイコンをクリック。おお、1階層目のフォルダ名が並んで見えます。でも、そこまでです。

次のフォルダをクリックして、いくら待っても2階層目のフォルダ名やファイル名は見えません。なんだ、やっぱり使い物にならないではないの。と思って2-3分後、やっと反応がありました。Usersフォルダがひどく反応が遅いようです。どうも使い勝手が今ひとつです。

●その後 このソフトをインストールした Windows用のハードディスクがどうなったかと申しますと、本製品と関係あるのかどうかは不明ながらこのようになってしまいました。

これまでの経緯から察するに、Windows 側からマックの使うハードドライブへのアクセスは
*NTFS for Mac OSX ver. 9 で read only の機能がマトモに動作するようになって
*NTFS for Mac OSX ver. 10 で read/write 可能にするつもりではないかしらん。

そして、これが決め手でしょうが、アップデートは当然の事ながら無い。

●【2012年11月追加】
現在の時点で
(1)Paragon NTFS for Mac OS X 10
という製品と
(2)Paragon HFS+ for Windows 9.0.5
という製品が発売されています。

Paragon NTFS for Mac OS X 8 は長く使わないままでした。だって、Mac OSX から Windows NTFS 領域へ書き込む機会がありませんでしたから。でも、それと同時に購入した Paragon HFS+ for Windows はしばしば使っていました。当時は Mac HFS+ 領域へ書き込みはできず、読み出し専用でした。それでも、結構便利に使っていました。ところが、Mac OSX の方が、10.6 (Snow Leopard) から 10.7 (Lion) になって少し動作がおかしくなっている事に気がつきました。 Windows の方は Windows7 (64bit)版です。それも、Mac OSX 10.7.2 の頃には無かったようで、気がついたのは Mac OSX 10.7.5にしてからです。症状は少し大きなmpeg4動画ファイルをMac用ハードディスクから読むと一応無事に読み込めるのですが、Windows7 上の QuickTime ではうまく再生できないのです。それでも VLC なんかだと無事に再生できるのですけれどね。

それも AppleTV 導入以前ならそれほど問題にする事もなかったのでしょうが、AppleTV の動画フォーマットはデフォールトで mpeg4 なのです。Windows7 の iTunes を使って AppleTV を使いこなすには拙い事態です。と申しますのも、QuickTime ではうまく再生できないような mpeg4 は iTunes でも当然のことながら、再生できないのです。いろいろ悩みましたが、問題の動画ファイルが Mac OSX Lion の iTunes 上では問題無く再生できる事が確認できた時点で、Paragon HFS+ for Windows がうまく Lion に対応できなくなったのだと想像がつきました。

で結局の所、(2)の製品を入手する事になったのです。この製品、現在は読み出しだけでなく書き込みもできるようになっています。ただ、単独の製品としては販売されていないので、多分(1)がインストールされていないと(2)もうまく動作しないのではないかと想像しているのです。購入した(2)を使って Macのハードディスクから Windows7 へ読み出した mpeg4 ファイルは無事に iTunes for Windows で再生できました。

希望するとすれば、(1)は不要なので、(2)単独の製品ですね。当然、安くですが。それから、試してみたのですが、、、。Windows側からMac フォーマットで記録した DVD データを読めたらいいのですが。やはりそこまでは無理ですよね。

2010年8月6日金曜日

釣果記録2010-08-05

釣果記録2010-08-05
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8月5日 木曜日

長潮 干潮12:05/61cm、満潮19:41/233cm
場所 大室港の北波止(下津井)
時間 15:00 -- 21:00

ほとんどやった経験の無いフカセ釣りを適当にやってみました。
ウキなんて適当でいいだろうと、メバル用の1号棒ウキ。
ハリスは2.0号として長さは適当に2ヒロとして道糸2.0に直結。
ガン玉を1個入れて、、、。適当ですね。

オキアミとチヌ用の集魚剤を適当に混ぜてみたら、水を多く入れ過ぎてドロドロのベチャベチャになってしまった。
その頃には、あまりの暑さで目眩がしてきた。ここで倒れてはならじと、かねて用意の氷で首を冷やすと気分が落ち着いた。
ウキ下がどうも長いと思ったら、3ヒロ近くもありました。どこで勘違いしたのかしらんと思いながらも、釣り開始。

ドロドロの撒き餌を投入していると、撒き餌の液体が飛び散っていつの間にやら私の背中はシミだらけ。
なるほど、撒き餌をドロドロにしてはいけないのはこういう理由だったのか、と一人勝手に納得する。

そのうち、小さなハゼが釣れた。2匹目のハゼが釣れた頃、海面を眺めていたら、ウキの周りにゃ結構大きな魚が来ているじゃないの。
時々銀鱗が光って見えます。うーん、やっぱりウキ下が長過ぎるんだろうと、ウキ下を半分の1ヒロ半に縮めてみました。
今度は、時々ウキがちょこんと沈むんだけど、すぐに浮き上がってきたままその後のヒキが無い。
ふと気がついた事は、ウキが1号では浮力が強すぎてチヌが餌を食い込まないじゃなかろーかと。
でも何とか20cm程のチヌを1匹だけ釣り上げる事ができました。

今度からはもうちょっと準備して来る事にしましょう。

それにしても暑かった。

2010年7月26日月曜日

早乙女愛さん

1975年の事だったと思う。
山口県のさる公園で早乙女愛の写真撮影会があった。
私にはそんな趣味はなかったんだけれど、友人が彼女のファンだった。
何でも彼の同郷で地元で評判のアイドルだといっていたっけ。

そんなこんなで彼と一緒にカメラを手にして出かけてみたんだけれど、
あいにく当日は小雨模様で、彼女のマネージャーらしき人物が傘をさしかけていたなぁ。
僕達と同じように様々なカメラを手にした三十人ばかりの集団が彼女の後を追いかけていった。
所々で立ち止まってポーズをとるたびに彼女はレインコートと傘の扮装でニッコリと微笑んでいたなぁ。

そういえば、、、、。

その前年の1974年に下関マリンランドでアルバイトしていた頃、アイドルの桜田淳子がそこにやって来てステージの上で歌を披露していました。でも、僕の記憶に残ったのは彼女の前座を努めていた、当時売れだす前の、草刈正雄でした。あまりの格好よさに、ポカーンと見とれていたなぁ。

早乙女愛さんに合掌。

2010年7月9日金曜日

釣果記録2010-07-08

釣果記録2010-07-08
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7月8日 木曜日

中潮 干潮13:55/44cm 満潮21:16/243cm
場所 大室港の北波止から田の浦港の波止(下津井)
時間 20:00 -- 24:00

実は7月6日にも田の浦港に出かけてみました。
だけど寄せ潮で、あっという間にエギを四個ロストし、スゴスゴと引き上げざるを得なかったのです。

今日は午後八時から大室港で青虫を使ったメバル釣りを開始。午後十時半までに七匹ほど小型メバルを釣りあげる事ができました。
その頃になると潮は下げに入りメバルのアタリもあまり出なくなりましたので、場所を移動しました。

午後11時から田の浦港の波止で3.5号、橙色スパンコール模様のエギを投げてみました。
一投目、何か掛かりました。重くてジェット噴射がありません。てっきりコウイカかと思ったら小さなナイロン袋でした。
二投目、何か掛かりました。でも軽い。先行者の切れたラインが絡まっていました。
三投目、何か掛かりました。重い。根掛かりかと思ったら、少し動いた、と思う間もなくジェット噴射がありました。
とうとう今年初めてのアオリイカを釣り上げる事ができました。
胴長はちょうど30センチでした。

2010年7月5日月曜日

釣果記録2010-07-04

釣果記録2010-07-04
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7月4日 日曜日

小潮 満潮03:35/233cm 干潮10:15/78cm
場所 田の浦港の波止(下津井)
時間 03:00 -- 06:00

小潮にもかかわらず、潮の流れはちょっとした増水した川のごとくで、エギで底取りがなかなか出来ません。
風は少しだけのようなのですが、白波が少々たっています。こういった状況は大潮の頃だけかと思っていましたけれど、違うようです。
満潮と干潮の潮位の差かもしれんと、調べてみましたけれど、必ずしもそうでもない。

このように書いたのは、潮の流れが速いと、エギの底取りができず、したがって釣りにならないからなのです。
釣りにならないだけではなく、潮がわずかに当て潮気味に流れるため、エギを底錘式にしていてもあっという間にエギが手前に寄ってきて根がかりの憂き目に遭ってしまいます。

結論:そういう時はさっさと場所を変えた方がよい。

エギを4個ロストしました。

2010年7月2日金曜日

釣果記録2010-07-01

釣果記録2010-07-01
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7月1日 木曜日

中潮 干潮19:46 満潮(翌日)02:26
場所 田の浦港の波止(下津井)
時間 21:30 -- 00:30

しばらく雨が遠のいていたからひょっとするとと思いながら出かけてみました。
やっぱり人が多いです。空いている場所でエギ3.5号で開始。
すぐにシリヤケイカ(胴長17センチ)が釣れました、、、。

やはりすぐにエギが根かかりしましてリーダーを結び直し。
今度はスパンコール模様の3号エギで続行。
でも釣れなくなってしまいました。

あれこれ試してエギを3.5号に戻してみるとコウイカ(胴長19センチ)が釣れました。
でもやっぱりアオリイカはいませんでした。

2010年6月27日日曜日

釣果記録2010-06-27

釣果記録2010-06-27
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6月27日 日曜日

大潮 干潮06:02 満潮10:44
場所 田の浦港の波止(下津井)
時間 03:00 -- 06:00

大雨が続いてなかなか釣りができません。そのためか、ちょっと雨が止むとどこの波止にも人がいます。
田の浦港は勝手がよく分からないので、適当な場所でエギを投げました。
一投目のシャクリ二回目でエギ外れ。リーダーの結び目がシャクリのはずみで解けてしまいました。
気をとりなおして、リーダーを結びなおします。
二投目のシャクリ二回目で、アタリがあったので、てっきり小さいアオリイカかと思ったら、シリヤケイカでした(18cm)。
三投目のシャクリ三回目で、PEラインが高切れ。
ここまでで、とらの子のエギを二個ロスト。
気をとりなおして、再度リーダーを結びなおします。
3号のエギを止めて3.5号のエギに変更。
その後シリヤケイカ(20cm)を一匹とコウイカ(20cm)を追加。

この時期はアオリイカだろうに、いったいどこにいるのやら。

朝の風景です。

右には霧に霞む瀬戸大橋、橋脚だけが見えます。左の遠くの海面に釣り船がたくさん出ていましたが、写真では霧に霞んでよく見えません。

2010年6月24日木曜日

釣果記録2010-06-23

釣果記録2010-06-23
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6月23日 水曜日

中潮 干潮14:39 満潮21:49
場所 大室港の北波止
時間 20:30 -- 23:30

海水温が21度を越え、そろそろメバルもシーズンオフの頃ですが、夜釣りに出かけてみました。

潮が流れ出すと結構ウキが沈みます。あまり大きいとは言えませんが子メバルがそこそこ釣れました。
目測であまり小さい魚は海にお帰りいただいて、10数匹を手にする事ができました。

2010年6月21日月曜日

釣果記録2010-06-20

釣果記録2010-06-20

6月19日 午前2時から午前6時
6月20日 同上

いずれも田井新港の波止の先端近くで夜釣りをしてみました。
19日の方は隣の人が胴長25cm程のアオリイカを釣りました。
でも私の方はボウズでした。
海面をベカが泳いでいるのに気が付きました。

翌20日、1.5号のエギを用意しました。
でもベカはエギには見向きもしません。
網ですくった方がよほどマシです。
でもエギンガーの意地にかけて網は使えません。
隣の人は網でベカをガンガンすくいます。
そうしてボウスでした。

二晩続けての徹夜の夢は泡と消えました。

2010年6月12日土曜日

釣果記録2010-06-12

釣果記録2010-06-12
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6月12日 土曜日

大潮 干潮05:20 満潮10:04
場所 牛窓海水浴場横の波止
時間 02:00 -- 05:30

6月10日の午後、牛窓海水浴場横の波止に来てみたのですが、ボウズでした。ただ、その時にモンゴウイカが釣れだしたようだと聞き込みました。午前4時頃から、ゆっくりと明るくなり始めますので、それまでの間メバルはいないかと棹を出してみたのですが、そんな時間にメバルはいませんでした。

午前4時過ぎ、潮の流れが速いので重りの5号を先につけて、エギは2.5号でエギング開始。4:40分頃に重い手応えがあり、ゆっくり引き寄せます。ジェット噴射がないので少し大きなコウイカだろうと思って、タモを用意、、、しないうちにイカが波止前の捨て石に到着。慌てて、タモを捨て石の上に落としてしまう。

こりゃいかんと、少し無理してイカを引っ張ったらエギが外れそうになってしまった。このパターンで去年アオリイカを逃がしてしまったのだ、という嫌な記憶が脳裏をよぎる。直ぐに波止の付け根の方へ走り、捨て石伝いにイカがいる石の方に行ってみた。

イカはまだ逃げていなかったが、触った途端にエギが外れてしまい、これ幸いとばかりに海の中に逃げてゆく。急いで落ちていたタモを手にして無事にイカを回収、、、と思ったら網が大きく破れてイカがタモから落ちそうになっていた。
網の破れの発見が速かったので、何とか破れていない箇所だけで、イカの逃亡をくい止め、無事にイカ確保。

そして気が付いてみたら、ズボンとシャツはイカ墨で、、、。胴長25cmのやや小ぶりのモンゴウイカでした。そりゃ棹だけで抜き上げは無理だったわけだ。どうも最近視力が悪くなったようでいけません。

その後エギを3.5号に変更してみましたが、追加の釣果はありませんでした。どうもモンゴウイカはスパンコール模様のエギに弱いみたいです。

2010年6月10日木曜日

釣果記録2010-06-09

釣果記録2010-06-09
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6月9日 水曜日

中潮 干潮14:41、満潮21:41
場所 大室港
時間 20:00 -- 23:00

最近、イカ釣りで連続5回ほどボウズだったので、メバルでも釣ろうかと出かけてみました。
餌はエビではなく青虫です。
始めの頃は潮の流れが止まっていたのでアタリがありませんでしたが、潮が流れはじめてから少しずつアタリがありました。
でもメバルは小さいものが数匹ばかり。一度大きなアタリがありましたが、大きなフグでした。

2010年5月31日月曜日

釣果記録2010-05-30

釣果記録2010-05-30
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5月30日 日曜日

大潮 満潮00:42 干潮06:49
場所 下津井の各所波止
時間 03:30 -- 09:00

5月中旬に一時17度あった海水温は1度低下したまま、なかなか17度に上昇してくれません。その間に季節はそろそろ6月になろうとしています。
岡山でのコウイカのシーズンも終わりの季節になりました。でも、急激な海水温の低下のせいか、日照不足のせいか、今年のコウイカは不発に終わりそうです。
下津井方面は出かけていなかったので、久しぶりに朝暗いうちから出かけてみました。
でも、どこの波止にもイカ墨がありません。あっても古そうな墨跡がわずかに残るばかりです。
それに釣り人の姿も見えません。これほどコウイカの姿を見かけられない年は初めてだなぁ。

海水温:16.7度
釣果:ボウズ

2010年5月25日火曜日

読書

四十年程以前に読書をしたのだが、何故だか途中で中断したままになっていた本があったのを思い出したので読んでみる事にした。どうせすぐに飽きるだろうと思って読み出したものの、不思議と飽きが来ない。

それは聊斎志異という中国の不思議物語を記した本です。

読み進めていると、どうもどこかで聞いたような話が載せられている。
それは聶小倩(じょうしょうせん)という題の話です。
死んだ美女に恋した男の話で、どう考えても映画のチャイニーズ・ゴースト・ストーリーとそっくりです。

と思って確かめてみたら、やっぱりその通りでした。うーん、この手の話はさすが中国です。

次なる書物は紅楼夢がいいかなぁ。

2010年5月21日金曜日

釣果記録2010-05-20

釣果記録2010-05-20
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5月20日 木曜日

小潮 満潮15:30 干潮21:52
場所 牛窓海水浴場の波止
時間 15:30 -- 16:30

潮の流れがかなり急で、思うようにエギで底取りができません。3号のエギに重りを乗せても海底に達するまでに軽く20mは流されてしまいます。それはそうなのですが、イカはいませんでした。
まだ新しいイカ墨が少しだけ波止に見受けられたのですが、、、。朝だけイカが回遊しているパターンなのでしょう。
海水温:16.2度
釣果:ボウズ

2010年5月16日日曜日

釣果記録2010-05-16

釣果記録2010-05-16
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5月16日 日曜日

中潮 干潮6:51 満潮11:37
場所 大室港
時間 4:30 -- 8:00

今年は例年に比べて寒く、一周間前よりも海水温が1度下がったので、うまくイカが釣れるかどうか、と考えながら釣り場まで。おまけに干潮が近い時間帯で、潮にもほとんど動きが無い。

案の定、周囲がすっかり明るくなってもさっぱりと釣れる気配が無い。6時頃にやっと小型のシリヤケイカが1匹釣れた。周囲のヒットパターンからすると、時々イカの小集団が波止の沖をかすめるようにして回遊しているらしい。波止の奥などには海水温がもう1度高く、あるいは潮位が高くないと無理なのだろうなぁ。

2010年5月9日日曜日

釣果記録2010-05-09

釣果記録2010-05-09
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5月9日 日曜日

若潮 満潮7:42 干潮14:18
場所 大室港
時間 5:00 -- 9:00

ここに至るまで、過去10日間でボウズを4回、エギ4本ロスト。その内の1回は山陰の「ゆめみなと公園」さびきでアジを狙うもボウズ、、、。

ここに至って今年初めてのイカが釣れました。
シリヤケイカ2杯。まだ何となくノリが悪い。
エギ2本ロスト。ヒットエギは2.5号オレンジ。

40cmほどのコブダイ一匹と18cmほどのカワハギ二匹が泳いでいたなぁ。

2010年4月24日土曜日

About sixtyforce

sixtyforce とはMac OSX 上で動作する Nintendo 64 のエミュレーターです。
亀のようにゆっくりとではありますが、着実にバージョンを重ねて2010年4月に
0.9.5になりました。前回のバージョンが0.9.2でしたから途中が省略されているようです。

まあ0.9.2から0.9.5までに2年以上の時間が経過しているはずですから。

sixtyforce はSharewareです。
登録すると何か変わるのかというと、スクリーンの右下の大きな文字が消えて画面が見やすくなります。それよりもあまりにも粘り強いバージョンアップに感心してバージョンが0.9.2の頃に登録しました。その後、何年も音沙汰が無かったので、てっきり開発を放棄したにちがいないと思っていました。

少し試してみました印象では、それまでにゲーム類の1/3ほどしかうまく動作しなかったけれど、1/2くらいは動作するようになっているようです(不確実)。

www.sixtyforce.com よりダウンロードできます。

なおROM関係の情報はまったく知りませんので悪しからず。

【2013年7月追加】いつの間にか最新バージョンが0.9.7になってますね。Mario Cartの動作の問題も解消されてますねぇ。0.0.1のバージョンアップに1年を要するという粘りには感服致します。

2010年4月7日水曜日

Efiーxを使うためのGigabyteマザーボードの設定

Efiーxを使う場合のGIGABYTEマザーボードBIOSの設定方法の動画が本家のウェブサイトにありました。
何かの参考になるかと一応まとめてみました。
動画ではGIGABYTEマザーボードはEX58-UD4P F12を使っていました。
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左最下段の Load Fail-Safe Defaults ---> Y (EX58-UD5にはこの項目はありません)
右最上段の Load Optimized Defaults --> Y

左側の項目から
Standard CMOS Features --> Drive A --> NONE
Advanced BIOS Features --> Hard Disk Boot Priority --> USB-HDD0: Efiーx BPU v1.1 を最上段に移動。
--> First Boot Device --> CDROM
--> Third Boot Device --> Disabled
--> Full Screen LOGO -->Disabled
Integrated Peripherals --> USB Keyboard Function --> Enabled
--> USB Mouse Function --> Enabled
Power Management Setup --> HPET Mode --> 64-bit mode
===============================
以上なのですが、EX58-UD5 F12 マザーボードでは、
このままの設定ではブートどころか OSX のインストールも出来ません。
以下の一項目の設定を加えます。
Integrated Peripherals --> Onboard SATA/IDE Ctrl Mode --> AHCI
久しぶりにBIOSのアップデートをして、この設定がリセットされていたのを忘れて、
カーネルパニックでブート不能に陥りまいってしまいました。

2010年4月4日日曜日

備前亀山城(沼城)跡

すぐ近くを何度も、それも自転車で通った事があるのに、石段を登った事が無かった沼城跡に登ってみました。ここが石段の上り口です。
先に進んで鳥居まで来ました。第二の石段が、さらにその上に踊り場があって第三の石段が見えます。
第二段目の石段の上、踊り場から第三の石段を見ています。
石段を登り終わって下を眺めた場面です。
正面を向きますと神社があります。
本丸跡から北東の方向を見ました。新幹線が通っていますが、立木であまりよいロケーションではありません。
本丸跡の東側から坂道が東へ降りています。
坂道を降りてきて後ろを振り返ったところです。左側の道を降りてきました。まっすぐに伸びている道は北へ向かう道です。
同じ場所から東側、かつて二の丸があった方向を見ました。この笹林は近くまで伸びている道があるのですが、とても先には行けそうにありませんでした。
本丸と二の丸の間を通る小道は地図に記載されているのですが、バイクそれもオフローダーを使うか、徒歩でないととても通れません。その小道を通って南側の道に出て、西の方に廻って、西の丸の方を眺めた所です。山上に旗が見えているので登れる道はあるのでしょうがねぇ。


【補足情報】沼城の古地図

2010年3月28日日曜日

備前児島郡常山城跡

常山城跡に行ってみました。頂上に駐車場がありますが、そこまでは細い道なので、対向車とのすれ違いには充分注意する必要があります。地図によれば本丸から北に向けて沢(いたや川)が流れ下っているようですが現在は無いようです。
登山者も歩いていたりしますので、ゆっくりと進まないといけません。道は険しい急斜面を縫うようにして走っています。
昔の地図ではこのようになっています。
これは山頂の駐車場にある案内図です。
駐車場から本丸へ登る石段です。
途中に塚があります。これらは現場の説明書きによれば昭和十二年に造られたもののようです。
塚から本丸へ登る最後の階段です。
本丸跡の広場です。池があったと思われる窪みから展望台方向を見た写真です。右端に腹切石があります。
腹切石です。
ふもとから眺めた常山です。
付近の地図です。
より大きな地図で 備前児島郡常山城跡 を表示

2010年3月23日火曜日

備前亀山城(沼城)跡について

備前の上道郡にあったという亀山城(沼城)は、今はどうなっているのだろう思っていました。最近やっと吉備群書集成という本にそのような古地図が収載されているのを知りました。これがその地図です。
左側に南北に走る砂川、右側に現在もある溜池、その間の低湿地の中に沼城があります。
現在の弁天山の神社がある場所に本丸、その東側の道を挟んだ場所に二の丸が見えます。
本丸に至る道は現在でもそのまま残されています。
弁天山の西側、小学校の北半分の場所にも沼城の一部があるのが見えます。
うーん、それにしてもよく考えられていますねぇ。これは簡単には攻められません。西に数ヶ所ある溜池、東にある天井川の砂川から低湿地に水を引いていたみたいです。
より大きな地図で 備前沼城跡 を表示

2010年3月22日月曜日

浦間茶臼山古墳

備前にある浦間茶臼山古墳には40年程昔に来た事がありました。でも、当時とあまりにも周囲の風景が異なってしまっているのには面食らってしまいました。古墳の東に広がる団地はまったく存在しませんでしたし、道は1本きりで、残りはあぜ道程度の小道しかありませんでしたので。古墳へ登る道は古墳の後円部分がある南西部から始まります。

右ではなく左の方へ進みます。
こちらの道を進みます。
どんどん進みます。
小道から右(東)を見ると前方後円部の中央部へ続く道が見えますので上ります。
前方後円部の中央から後円部へ続く小道です。
後円部に登る道を上ります。
後円部分の頂上です。これほど広い理由は多分山頂部分が平らに削られたからでしょう。
後円部中央の発掘後に出来た窪みです。竪穴式の古墳でした。発掘は昭和45年頃行われたと記憶しています。発掘の数年後に来た時にはこれほど醜く窪んでいませんでした。
前方後円部の中央部分から前方方向へ伸びる小道です。
前方部右側(東)を見た写真です。
昭和22年の地図です。吉井川にはまだ先々代の木橋の芦田橋がかかっています。浦間茶臼山の位置にはっきりと古墳は示されていません。その周辺に家は無く田んぼだけです。
現在の地図上では次のようになります。
より大きな地図で 浦間茶臼山古墳 を表示